一昨日は藻谷浩介氏の講演を聞きに、和歌山大学まで行ってきました。
松葉ガニシーズン中は原則、講演やセミナーのために泊まりで出かけることは自粛しています(今年は特に)
でも、これだけは参加したかったのです。
おはようございます!普段は民宿&ダイビングショップの親父、コムサポートオフィスのアドバイザーもやっているガク(@kasumi_kadoya)です。
「イメージ」や「空気」は事実と違う。昨日の藻谷浩介さんの講演はこの一言に集約された、数字が語る真実を知るトレーニングでもありました。かなーり濃い話で、私も簡単にお話しすることはできない・・・。
数字はイメージと異なる真実を見せる
例えば、日本における殺人事件は減っているか。
急激に減っているそうです。
では、自殺者は?
自殺者は増えているってイメージありますよね?
自殺者数は世界で6位ですから、多いことは多いです。
でも、年ごとの推移を見てみると・・・
警察庁統計データより
平成21年以降は減ってきているのです。数としてはまだまだ多いので社会問題ではありますが、減少傾向へは向かっています。これは今の日本社会が自殺者を防ぐための努力をし始めた、ということです。
こういった事実はイメージで逆に捉えていることがあります。
地方と都会の持つイメージの嘘
産業の衰退は地方から起こり、大都会は生き残る。
これは本当にそうでしょうか。
確かに、地方ほど人口減少が急激に起こっています。
衰退するのは地方の方が先、と思いがち。
逆に大都会(首都圏や京阪神)は安心。ここの住んでいれば生き残れる。
そう思いそうですが、実情は異なる。
例えば、メガバンク、と呼ばれていた銀行は22年前の時点では14行ありました。それが現在、3行しかありません。
では、地方銀行は?都会の地銀はどんどんなくなって行ってますが、田舎にある地方銀行はそんなに減っていない。信用金庫に至ってはほとんど潰れていない。
なぜか?
地方銀行や信用金庫は地域に必要な活動をしているから。地方銀行で残らなかったところは地域に必要とされていなかったからである、と。
銀行出身の藻谷さんが言われるのですから説得力があります。
今回は、大学の教職員向けの講演だったので、大学も都会の大学は残り、地方から潰れていくとは限らない。その地域に必要とされている大学は残り、地域に必要とされていない大学は残らない、というお話をされました。
「地域に根ざす」という考え方。
大学においては関西圏よりも首都圏の方がちゃんとしている。どんなに地価が高騰し、人口が爆発的に増えても、歴史ある大学は皆、山手線近辺から出て行こうとしない。あの地域にはあの大学がある、という地域のアイデンティティを大学が作っている。これが東京の凄さ。
でも、京阪神の大学はどんどん郊外に、田舎にキャンパスを移転させて行っている。こういった地域とのつながりを合理性の元に簡単に切り離す大学はヤバイだろう、と。
地方の大学こそまさにこの「地域に根ざす」という考え方が重要になる。
大学のお話は少し横道に逸れましたが、総じて都会ほど経済活動が地域に根ざしていない。地方ほど地域とのより深い関わりが人にも会社にもあります。
藻谷さんの考え方は、このことこそが地方再生の鍵である、と言われているように感じます。
人に置き換えるともっと衝撃的なデータがある
京阪神や首都圏は人口が減っていない。
確かにそうです。
でも、生産年齢人口で考えると、とんどもないことがわかります。
例えば、世界の大都市圏ランキングでいうと首都圏は3783万人で世界1位、関西圏は2012万人で世界7位です。(ちなみにロンドンは27位、パリは25位で1千万人あまり)
それほどの人口がいますが、どちらも今後65歳以上人口が爆発的に増え続けていきます。首都圏に至っては、これからまだ45年間高齢者人口が増え続けていく。どんなに若者が地方からやってきても、高齢者の増加を若者や外国人で補うことはできなくなってくる。
一例)大阪の人口は過去5年で2.5万人増。但し、65歳までの働き手は4万人減。65歳の老人は7.5万人増。この増加と減少がまだしばらく続いていく。
外部から若者の流入があるから大丈夫と思われている大阪市。でも、働き手人口は5年で3.9万人減り、65歳以上のリタイヤ組は7.5万人増えています。
全国的に子供の生まれる数は45年前の半分になってきているわけですから、都会ほどお年寄りばかりになり、働き手人口の比率が減り続け、人手不足が顕著になります。
外部からの流入や出生で老人増加を支えきれない状況になってきています。
これは首都圏も同様で、都市部ほど顕著。
逆に田舎は全体的な人口減は進んでいるが、お年寄りの増加も緩やかになってきており、地方によっては出生率がお年寄りの増加数に対抗できるまちも出始めてきている。
そう。日本の田舎は人口減少の世界先行地。グループサイズも小さいので、地域によってはやり方次第で生き残る方法がまだまだ多く残されているのです。
田舎には”65歳定年”という概念がない
更に重要なのが都会と田舎、定年に対する概念に大きな違いがあるということ。
藻谷さんはこれを
「人生9回の裏まである理論」
としてわかりやすく説明してくださいました。
人間、90歳まで生きたとすると、その時点が9回裏。ということは、社会人になるのが3回表。退職するのが6回裏です。これからの長寿社会。人によっては100歳以上の延長戦もある。
人生は9回裏まである!この考え方は秀逸
野球は7回ぐらいからが一番面白い。人生も同様。7回からをどう楽しく生きるかは3回から6回で、どれだけ仕事と余暇、地域コミュニティとのバランスをとったかによる、と。
というのも、社会人時代は、どんなに頑張って働いても(時には自分の大切な時間を会社に捧げるほど頑張っても←ここ重要)、65歳になったら会社にポイされます。その後の人生をどれだけ幸せに生きれるかは、若い頃からどれだけ地域コミュニティに関わりを持っていたかで決まる。
でも、会社員だった人、都会で暮らした人は仕事ばかりで余暇や地域コミュニティを大切にせずに6回裏を迎えてしまう。
現役時代にどう時間を使ったか
そう考えた場合、地方の方がコミュニティが豊か。日本は地方から落ちていく、大都会は生き残るという考え方は幻想。むしろ逆。
首都圏や関西圏の都会はこれから人口が増え続けたとしても、64歳以下人口は減り続け、65歳以上が増え続ける。老人”だけ”の地域になる。逆に地方は65歳以上でも地域コミュニティに根ざし、必要とされながら暮らしていける豊かな地域になる。
むしろ、地方の方がこの先、幸せに生きていける可能性が高い。
銀行や企業、大学と同様、”人”も地域に根ざし、必要とされる豊かな生活を送ってきた地方の人たちの方が幸せかつ豊かな生活を送れる可能性が高いのです。
だって、地方ほど65歳以上になっても活躍の場があるし、その足場を65歳になるまでにちゃんと地域に作っているわけですから。
私も30歳まで首都圏の都会のマンションに住んでいましたが、近隣に誰が住んでいるか知りませんでしたし、地域交流もなかった。
30歳で田舎に帰ってきてからは、消防団や区の様々なイベントをはじめとする地域活動で集落に知らない、知られていないという関係節を作ることができた。これは地方では当たり前の話。この関係性が自分が高齢者になってからも生活に困らないベースを作っている。
そもそも、そこが自分の生まれ育ったまちならば、地域にずっと暮らしている幼馴染がエスコートしてくれるので、Uターンしても溶け込んでいきやすい。
地方ほど人生90年、100年時代のライフシフトに既に対応できているのです。
もちろん、そのために地域を元気にさせるための様々な施策が必要になります。
地域から必要とされる会社、人になるにはどうすれば良いか。
講演と懇親会で得た気づきはたくさんあります。
その後の懇親会でもがっつりお話を
お聞きすることができました!!
明日も続きます。